2015年04月22日

オクラホマ連邦政府ビル爆破テロ事件から20年…


OKCからおはようございます!
(珍しいでしょ。早起きなのか徹夜なのかさてどっちだ!?)
YOKOです。

プレイオフ真っ只中の4月19日日曜日。
その日はここオクラホマにとって大事な日でした。

オクラホマ連邦政府ビル爆破テロ事件から20年が経ち、式典が行われたのです。

もう20年も前のことなので、知らない人もいるでしょう。Wikipediaへのリンクを貼っておくので詳細はそちらで確認してもらうとして、ここではごくごく簡単に説明しますね。

それは、今から20年前の1995年の4月19日の朝に起きました。なんてことない普通の平日の午前9:02。連邦政府ビルの外に停めてあったトラックが爆発し、ビルは大破。子供19人を含む168名の命が奪われ、800人以上の負傷者が出ました。

911が起きるまで、アメリカ史上最悪のテロ事件とされ、オクラホマはこの悲しい出来事で有名になりました。

爆破されたビルの跡地にはその後、The Oklahoma City National Memorial & Museum(オクラホマ・シティ・ナショナル・メモリアル & ミュージアム)ができ、多くの人が訪れています。

式典もその場所で行なわれました。




連邦政府ビルのあった場所には、犠牲になった168名分の椅子が設置され、その椅子の配置は、ビルのどこにいて亡くなったかを示しています。子供の椅子は大人の椅子よりも小さく、そしてすべての椅子に犠牲者の名前が刻まれています。

memorialchairs-1.jpg


道路を挟んで反対側にあった建物は博物館となり、当時の様子がわかる様々な展示がされています。その建物の外壁には爆破の傷が残されたままです。

memorialmuseum-1.jpg


その道路だった場所には、爆破が起こる前の9:01と、爆破が起きた後の9:03という象徴的な時間が刻まれた Gate of Time があり、その間に Reflection Pool が設置されました。

memorialtime-1.jpg

memorialreflectionpool-1.jpg


そして、爆破によりその一部が燃えたにもかかわらず生き残った木は強さの象徴として、Survivor Tree という名前が付けられ、今も大きく茂っています。

memorialsurvivortree-1.jpg


地元の人がシンプルに『メモリアル』と呼ぶこの場所は、愛する人を失った悲しい記憶の残る場所であるとともに、そこから立ち上がり、復活してきた強さの象徴のような場所でもあります。

オクラホマの人々が悲しみを乗り越え、街を立て直すことを決意し、再建のためにSales Tax(消費税/売上税)のアップを受け入れた結果、ダウンタウンやブリックタウンが現在のように変わりました。チェサピークアリーナも再建されてきたもののひとつ。

そしてその流れの中でサンダーがこの街にやってきました。

テロの被害を受けた小さな街にやってきたNBAのチームは、オクラホマの人々にとって希望の光でした。暗い悲しい記憶がついてまわってきた住民にとって、サンダーはそういう存在だったのです。

以前も記事にしましたが、サンダーの選手がチームに加入すると、プレスティGMは必ずメモリアルに連れていきます。オクラホマの住民が経験してきた悲しみと、そこから立ち上がる強さを理解してもらうために。オクラホマというコミュニティにとってサンダーがどんな意味を持つかを理解してもらうために。

移転してきた最初の年、どんなに負け越しても地元ファンの応援は暖かかったと聞きます。その後プレイオフに行くほどの強いチームになっていきましたが、今季のように怪我に泣かされ、成績が今ひとつな時でも、地元ファンにとってはサンダーは希望なのです。この街にサンダーがいてくれることは、それだけで希望のはずなのです。

思いの外、早い段階でファイナルまで進んだ結果、優勝を急かす地元ファンももちろんいます。が、たとえ負けても、たとえプレイオフに行けなくても、サンダーがこの小さな街にいてくれることに喜びを感じ、感謝しているファンの方が圧倒的に多いと思います。


テロ事件から20年経った今も、この街は開発の真っ只中です。

あの日のことを忘れずに、悲しみを乗り越え、共に立ち上がり、前に進んでいることを、住民は誇りに思っています。ここには、何が起きても、何度でも立ち上がる強さがあるのです。

それは今のサンダーにも通ずるものかもしれません。

プレイオフには行けなかったけれど、地元ファンのために、そしてこのコミュニティの一員として、サンダーもここから立ち上がっていくでしょう。

怪我をして今季ほどんど試合に出れず、今後が不安と囁かれるKDも、素晴らしいプレイとリーダーシップを見せながら、プレイオフに行けず悔しい思いをしたラスも、プレイオフに行ったら復帰しようと企んでたイバカも、そして他の選手も皆、ここから立ち上がってくれると信じています。

オクラホマの人々がしてきたように、地元ファンのためにきっとその強さを見せてくれるでしょう。

テロ事件から20周年を迎えたオクラホマを見ていて、そんな風に感じました。


テロ事件のことを知らない人は是非こちらの映像をご覧ください。当時の様子や、サンダーの選手がメモリアルを訪れる様子などが見れます。※映像自体は2011年のもの


We Remember

Rise Together

OKStandard
- Service - Honor - Kindness


この記事へのコメント
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]

※ブログオーナーが承認したコメントのみ表示されます。
この記事へのトラックバックURL
http://blog.seesaa.jp/tb/417653985
※ブログオーナーが承認したトラックバックのみ表示されます。
※言及リンクのないトラックバックは受信されません。

この記事へのトラックバック