2013年10月28日

Thunder Family Values 〜サンダーファミリーの価値観

こんばんは。
yoko_okcです。

NBA開幕までもうすぐですね〜わーい(嬉しい顔)

去年の今頃といえば、ハーデントレードに大騒ぎした記憶がよみがえりますもうやだ〜(悲しい顔)私、ハーデン好きだったんですもーんもうやだ〜(悲しい顔)

未だにあのトレードについて色々と言う人達がいますが、その中でも特に、サンダーはアホだと言わんばかりのコメントをし続ける、スポーツコラムニストBill Simmons(ビル・シモンズ)

つい最近もその話をしていたようでサンダーはひどい言われよう。

そのことは改めて書こうと思いますが、今日は、そんな彼がハーデントレード前に書いた、サンダーの記事を翻訳してご紹介しようと思います。

なぜそんな彼の記事を紹介するのか?

ハーデンのトレードのことを言い続けてはいるものの、KD、ラッセル、ハーデンの3人がいるサンダーのことを、当時シモンズが認めていたことは確かなようで、なんとも素敵な内容の記事を書いているのです。

そのタイトルは、Thunder Family Values 〜サンダーファミリーの価値観

オクラホマのファンのオクラホマシティ・サンダーに対する熱い想い、サンダーのコミュニティへの想い、そのつながりを感じることができると思うので、今日はこの記事をお届けします。



【NOTE】この記事はハーデントレード前の、2012年のファイナル Game 1 、サンダー vs. ヒート戦をオクラホマで観戦した翌日に書かれています。

Thunder Family Values 〜サンダーファミリーの価値観
By Bill Simmons 2012年6月13日

40歳を過ぎるとおかしなことが起き始める。髪の毛の色が変わったり完全になくなったり。まるで薬で意識がもうろうとしたかのように、簡単にすぐ眠ってしまったり。視力もあやしくなってくる。だんだん健康的な食事をし始め、そうでなければ反対に恥じらうことなく大食いになる。結婚式よりお葬式に出る回数が増えるが、何が変わったかわからない。まだまだたくさん挙げられる。ただ知っていてほしいのは、中でも一番不思議なことは、友達のカップルが、信じられないことにどういうわけか、突然、離婚してしまうことだ。

最初のリアクションは、「まさか信じられない!」か「やっぱり!そうだと思ったんだ!」のどちらかだ。

次のリアクションは、「で、何があったの?」

そしてさらにこう続く。「二人がそう言ってるのはわかったけど、実際は何があったの?」

二人の間に、“何か”が何度も起きていた。その細かな出来事のひとつひとつが、自分が両方と友人関係を保つか、それともどちらかのサイドにつくかを決めるのだ。もしそれが、(どんな理由であれ)夫婦がこれ以上は一緒に住めないからという理由の友好的な別れで、二人は子供のためだけに友達であり続けるとしたら?その場合は簡単だ。だがもし学生時代のルームメイトが、奥さんと3人の子供を放り出して二十歳のヨガインストラクターに走ったとしたら?この場合は簡単にはいなかい。あなたの奥さんが、その新しいカップルとのダブルデートに応じることは絶対にないだろう。

実はこれが、ずいぶんと長い間私が感じている、シアトルにおけるプロバスケットボールの状況である。それは最も醜いスポーツ離婚だった。ソニックス(我らの親友)がシアトル(その奥さんと3人の子供)を捨てて、ヨガインストラクター(オクラホマシティ)に走ったのだ。つまり、デイビット・スターンが退屈そうに両手を組んで親指をクルクル回しながらあっちの方を見ている間に、新オーナー達がチームを乗っ取ったのである。それだけではなく、新オーナー達は、食べるためにサメが作られたのと同じように、点を取るために特別にデザインされた将来のスーパースター候補、若手のKDも一緒に連れて行ってしまった。そしてその後の4年間で、オクラホマシティは観客を楽しませる優勝候補にまでなってしまったのだから、シアトルファンのことは(少なくとも私は)忘れることができない。シアトルはただのマーケットではなかった。ソニックスには素晴らしいファンがいたし、1979年にはNBAタイトルを勝ち取っている。ソニックスは好況な都市でプレイしていたのだ。にもかかわらず、一体どうしてシアトルはチームを失ったのか。そしてなぜ、NBAはシアトルにチームを残したくなかったのか。

このケースでは、皆がシアトルの肩を持つ。離婚すればそうなるものだ。被害者がいれば、みな被害者側につく。ただこの場合、実は第二の被害者がいたのである。それはオクラホマシティのファンだ。思い出してほしい。彼らがソニックスを盗ったわけではないのだ。彼らはリーグに新たに追加されるチームを望んでいた。ヨガインストラクターになりたかったわけではない。ソニックスがここオクラホマシティに移り、その名前をサンダーに変えた時、OKCファンはどうするべきだったというのか。罪の意識を持てばよかったのか。ゲームに行かなければよかったのか。チームを支援しなければよかったのか。

誰もが驚いたことに、後にそのヨガインストラクターはかなり素晴らしい存在だとわかった。それがまた、この状況をさらにやっかいなものにしている。NBAチームは、オクラホマシティにとって、他のどこよりも重要な意味があるのである(ポートランドの例を除いて)。最も熱烈なファンがいる、なんていうレベルの話ではない。ここには、チームに対する嘘偽りのない強い愛が存在するのだ。OKCファンは、昨夜のGame1の試合開始45分以上前に来て(ここでいうOKCファンとはチケットを持った人全員を指す)、それから試合前のウォームアップ中ずっと拍手をしていた。それは周りにも伝染するような熱心なもので、私はつい友人に「こんな応援がこの後3時間も続くわけないよな。皆へとへとに疲れ切っちゃうぜ」と言ったことを覚えているほどだ。

ところが私は間違っていた。疲れ切ってしまったのは私の鼓膜の方だった。今でも頭がガンガンしている。そしてこれはファイナルのときにだけ見られる光景ではない。18ヶ月前にも、私はレギュラーシーズンの試合を観にオクラホマシティに来たが、その夜のOKCファンも同じだった。

簡単に言えばこういうことだ。オクラホマシティは本当にいいファンを持っている。もう少し詳しく説明してみよう。彼らにとってチームは、他の都市よりもっと重要だから、彼らはチームのことを他の都市よりもう少し大事にしているのだ。デュラントが現れるまで、オクラホマシティは『爆弾を落とされた市』だった。州外の人々にとってオクラホマと言えば、アメフト(地元カレッジフットボール)、ネブラスカ大学のライバル、そして1995年のテロ事件、である(順番はちょっと違うかもしれないが)。地元市民はこれまでずっとそれを受け入れてきた。初めてここに来た時、私は数え切れないほどの人にこう聞かれた。「メモリアルにはもう行きましたか?」彼らは人々にメモリアルを見てもらいたいのだ。ここで何が起きたのか、その事件によって、その日の、そしてその先々の皆の生活がどう変わったかを、州外の人に理解してほしいのだ。

オクラホマシティのGM、サム・プレスティは、新しい選手を獲得するたびに、選手をメモリアルに連れて行く。ここで起きたことの恐ろしさを本当に理解させるには、それが一番だからだ。ダウンタウンの1ブロックほぼ全部と、19人の子供を含む、168人の地元市民を失ったという事実から、完全に回復などできるものではない。人生は時になんと不公平か、たった一人の狂人がどれほど大きなダメージを与え得るのか、考えない日はないのだ。そしてプレスティは、新たに加入する選手達にその重要性を理解してほしいのである。

君たちは、たった今、恐ろしい悲劇的事件によって永遠に結びつけられた、とても絆の強いコミュニティに所属したんだ。ここはこれまでにプレイしてきたどの場所とも違う。なぜここの人達がこんな風に結びついているのか、君たちは理解しなくてはいけない。 

そして選手にとって初のホームゲームの最中、プレスティは彼らにスタンドを見回すよう勧める。それは18000人のファンの誰もが、なんらかの形で爆破事件の被害者であるということを覚えておいてもらうためだ。

これが、オクラホマシティの観衆が非常に特別なものとされる大切な要素のひとつである。

もうひとつの要素はもう少し聞き覚えがあるだろう。それは一人っ子シンドロームだ。地元に一つしかプロチームがなかったら、すべてが誇張され、すべてが増強され、すべてがより意味のあるものになり、基本的に、冷静さを失うのだ。もし地元に4つのチームがある場合は(3つでもいいが)、それらチームへの情熱や愛情をまとめて一つの巨大なチームに向けることを想像してみてほしい。あなたならどう対処するだろうか。例えば、セルティックスがマイアミとのシリーズで完敗したとして、もしセルティックスが自分にとって唯一のチームだったら、私だったらどう対処するだろう。気を失うまで酔っぱらうか、意識をなくすか。それとも、『悲しい、恨めしい』というコラムに続けて4回投稿するだろうか。

ようこそ、オクラホマシティへ。ポートランドへ。エドモントンへ。サクラメントへ。サンアントニオへ。モントリオールへ。そしてプレミアリーグのたくさんのイギリスのチームへ。自分の町に一つしかチームがなかったら、どんな瞬間も重要な意味があるのだ。もう少し掘り下げて言えば、プロスポーツはより小さいアメリカの都市に、価値を与える手段を持っているのだ。ウェイラーズがハートフォードを去った時、突如としてハートフォードとニューヘイブンに大差がなくなった。キングズがサクラメントを去れば、フレズノとオークランド間の距離は突如としてそれほど大きなものではなくなる。たった一つのプロチームが、一つの都市にこんなふうに価値を与えるのだ:私たちは、プロチームを持つに値する重要な存在である。だからこそ、オクラホマシティファンは早くアリーナ入りする。だからこそ彼らは3時間応援し続け、だからこそ私の頭は今もガンガンしていて、だからこそ私の友人ネイサンはこう言ったのだ。「これってまるで大学の大観衆みたいだね。実際は年配者の応援だけど。」

昨夜、彼らは『NBAチームのプレイオフゲームに実際に参加した最も多い地元ファン』という記録を破ったかもしれない。チケット業界で働くある情報筋によると、@カンファレンスファイナルに進出した4チームのうち、オクラホマシティのチケットは、流通市場(StubHubなど)に流れたチケット全体のほんの5%にすぎず、Aマイアミで開催されるファイナルのチケットの方が、オクラホマシティ開催のゲームより10倍多く売りに出されているとのこと【訳者補足:オクラホマシティのホームゲームのチケットを持っている地元ファンは何が何でもそのゲームを観たいので、売りには出さない】。その結果、州外の人が、Game1と2(オクラホマシティのホームゲーム)でいい席のチケットを探すのは非常に難しかったのである。

それは他ではできないようなファン体験である。ハイビジョンに鮮やかにはっきりと映る、アリーナ一面のまぬけな青いTシャツを知っている人も多いだろう。全員がそのTシャツを着るのだ。全員が、だ。オクラホマシティファンは “まぬけなTシャツ” 着用率がどこよりも高い。地元のご婦人たちでさえ、カクテルドレスの上からTシャツを着ることになんの躊躇もない。そして彼らはずっと声援を送り、叫び続ける。彼らにとって息子のような選手たちが前半で10ポイント負けている時でも、(その歓声のすごさに、アリーナにいる人にはまるで)引き分けているかのように思えただろう。審判がサンダーに対して笛を吹くたびに、ファンは興奮して怒り出す。なんでそんなことをするんだ?一体何を考えてるんだ?お前はサイテーだ!!!!チームがランを決めれば、まるでなんでもないことのように次のタイムアウトまで声援を送り続ける。人工的な騒音を絶え間なく浴びせ続け、そこはただただプレイするのに落ち着かない場所と化す。対戦チームの選手は最後には、映画『身代金』の中でメル・ギブソンの子供が、耳をつんざくような音楽のかかった暗い部屋に閉じ込められた時のような気分になるにちがいない。

と同時に、自分がオクラホマシティにいるということを決して忘れることはない。一秒たりとも、である。オクラホマシティの市民はあり得ないほどフレンドリーに迎えてくれる。それは、第46回スーパーボールの時のインディアナポリスとよく似ている。ただし、誰もが皆、NBAファイナルが本当にオクラホマの地までやって来たということが嬉し過ぎて受け止め切れないほど興奮していることを除いて。試合が始まる前には、毎回誰かがコートの中心まで歩いて行って祈りを捧げる。国歌斉唱の間は全員が自分の手を胸に当てて共に歌う。ビデオスクリーンには『オクラホマ』の文字が映し出され、そしてファンは「オー、ケィ、シー!オー、ケィ、シー!」と何度も繰り返す。チームのニックネームではなく、自分たちの都市の名前を繰り返し唱えるファンが他にあるだろうか?

それは、果てしないエネルギーを持った誇り高き観衆と、果てしないエネルギーを持った誇り高き若いチームよる、完璧なマッチングなのだ。

バスケットボールという面で言えば、Game1についてはひとつ顕著なことがあった:このオクラホマシティというチームが唯一、2012年のマイアミヒートを一歩後退させることができるということだ。年老いたセルティックスをヘトヘトに疲れさせて勝った最終ラウンドの後、ヒートは突然、他の選手のミスの連発やリング上でのプレイを止められないチームになった。レブロンは、デュラントやイバカ、ウェストブルックやハーデンの運動能力に対抗できる。ウェイドは自分のスポットを見つけられる。マイアミで、他の誰にそんなことができるだろうか。思い出してほしい。昨夜のオクラホマシティは、デュラントが静かに36点を上げ(デュラントは唯一、自分のファンがもっとシュートしろと叫んでいる時に36点を取れるNBAスターである)、そしてウェストブルックがいわゆる「何だって?」的なゲームのひとつを成し遂げて(ライブで見ていて効率的とは感じなかったが、27−8−11という記録を残した)、勝ちをもぎ取った。“ビッグ3” の一人であるハーデンはたった22分しかプレイしなかったし、サンダーのベストパフォーマンスは、2人のロールプレイヤー、ターボ・セフォローシャ(レブロンに対する素晴らしい後半のディフェンス)と、ニック・コリソン(21分で10リバウンド)のプレイだったのだ。

オクラホマシティはこのシリーズで一段階飛躍できるのではないかと感じながら、私はGame1を後にした。彼らは既にプレイオフではホームで 9−0 としているが、彼らにスウィープができるのか。1987年のミネソタツインズのような可能性はあるのか。昨夜のようなジャンパーばかりではヒートにタイトルは獲れない。リングとリングの周囲5フィートの領域を制してこそ優勝するのだ。2010年のレイカーズはそうやってGame7でボストンに勝った。ダラスはそうやって去年のファイナルをひっくり返した。そしてそうやって、このシリーズは決まるのだ。その5フィートの領域と、それに比べたらそれほどではないにせよ、レブロン対デュラントと、ウェイド対ウェストブルックの素晴らしいマッチアップによって(我々が思ったほどは彼らが互いを守っていないにしても)。

考えてみれば、オクラホマシティとマイアミは似たような問題を抱えている:彼らはどちらも、自分たちのベストプレイヤー(マイアミではレブロン、オクラホマシティではデュラント)ですべてを回すほうがうまくいくのだが、2番手のプレイヤーでもうまく回せるため、その選手が無理をして自分で行ってしまうのだ。デュラントが第4クオーターで明らかに熱くなってくると、不満を抱えたファンたちは、「ケビンにまわせって!!」と叫び始めていた。叫ばずにはいられなかったのだろう。全クオーターを超高速でプレイし、“次男坊”としての役割を、多分永遠に与えられているウェストブルックにとって、それは報われない役割だ。がしかし同時に、デュラント以上にやすやすと得点を獲る選手は、NBAの歴史上、他に6選手しかいないのである。2連続得点の後、私の真後ろに座っていた男がキレてこう叫び始めた。「彼に渡せよ!35番に回せって!毎回彼に回せばいいんだよ!毎回!!!!」その男とはマイケル・レイ・リチャードソンだ。彼は自分のいるセクション全体に自分の言い分を聞いてほしかったのだ。言わんとすることは明白だった。『私はプロバスケットボールをやってたんだ。昔は本当にいいプレイヤーだったんだぞ。だから俺がどうすべきか決めてやる。』そして、彼はそうしたのだ。

そんなこんなで、オクラホマシティがGame1の決着をつけた後には、オクラホマシティファンと一緒に喜んでいる自分がいた。二十歳のヨガインストラクターのことを好きになんてなるはずではなかった。だが問題はそこで、彼らだってその役を与えてくれなんて一度も頼んではいないわけで、それに彼らが初日から選手を自分たちの息子のように受け入れたことだって非難することはできないのだ。彼らは、シアトルがデュラントを愛してきたのと同じようにデュラントを愛していて、そして彼らは、シアトルがその昔ソニックスを応援していたときと同じくらい大きな声で、ソニックスのゾンビを応援しているのだ。シアトルに対して絶対的な同情の気持ちを持ち続ける一方で、オクラホマシティのために喜んであげることはできないのだろうか。実のところ、その答はイエスである。


元記事:Thunder Family Values By Bill Simmons on June 13, 2012

なお、元記事には、日本人にはわかりにくいジョークや例えが入っていたので、その部分は訳す上で省略しました。ご了承ください。

この記事に関する補足、コメント等はまた別途、書こうと思います。


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